地方創生は失敗か?

ここ数日、この記事がやたらSNSで回ってくるので、一言。

「地方創生」がダメになった理由──あるプレゼンで思わず声を失った出来事(文春オンライン)

読んでいただければと思うが、
地方創生は日陰者扱いされつつある
と一刀両断だ。

本来であれば、地元民に強烈な意思とビッグピクチャー(構想)があり、彼らのパッション(熱情)を感じ、これを企画実現するプロデューサー(別に東京者である必要はないが)がいて、最後に役所が応援する、というのが地方創生の図式であるはずだ」

というあるべき姿に対し、

地元民にはアイデアもなく、やる気もない。コンサルは小遣い稼ぎのために出鱈目言って、できた後は東京に逃げて知らんぷりを決め込む。役所は中央からカネを引っ張ってきたことだけを自慢して、うまくいかなかったときの言い訳ばかりを考える」

のだという。

あるべき姿には異論はない
結局、地元にやる気がなければ、何を掛け算してもゼロは、ゼロだから。
Community Future Designは、伴奏者である。歌いたい人がいなければ、伴奏は意味がない。
我々の理念にもバッチリ合致している。

しかし、地方創生が日陰者であるとか、失敗である、というのには、私は異論がある

確かに多くの国費が投入されたが、この施策の結果
「どこの地域は活性化できるのか?」
が、わかったのではないだろうか。

具体的には並べないが、地方活性化の成功事例で取り上げられる地域、自治体がある。
その中には、交付金で生きているのですね、という事例も少なくないので、
すべてがあるべき姿だ
とはもちろん、申し上げるつもりはない。
しかし、その中に、確実に
「あるべき姿」
を達成できている地域がある
地域があるというのは、自治体としては成立していなくても、その一部の地域は成功していることが少なくないからだ。

ちょうど、NHKの大河ドラマは井伊景虎だけれど、そこで、「気賀」という楽市楽座の町が取り上げられていた。
戦国時代末期、楽市楽座で町が活性化したように、まさに、この地方創生の施策でわかった
「成功した地域」
「まさに成功しそうな地域」
「これから成功しそうな地域」
を、これからしっかりと国や企業、その他が支援を続けていけば、
「都市部とは異なる、素晴らしい地方部ができる」
ということなのだ。
それがわかっただけで、大成功

逆を言えば、そうでない地域は、バッサリと止めれば良いだろう
実は、地方創生は、すべての地域に平等に機会が与えられていたのではないかと思う。
予算規模から考えても、交付金が採択されている数を考えても、どの自治体も手を挙げることができたはずだ。
しかし、結果は平等ではない。
「選択されないという選択をした、自治体や地域がある」
ということなのだと考えた方が良い。

財政が厳しい中、都市部だけの集中を回避し、地方部も含めた多様性と均衡のある国づくりに、
地方創生の施策が果たした役割は大きい
しかし、これからは、結果を厳しく評価しつつ、これまでのようなバラマキではない、あるべき施策としての続行ができるのか否か、そこに注目していきたい。