Beforeコロナが透けて見える

「Afterコロナは、Beforeコロナをオンライン化で実現する」
みたいな議論にならないように気をつけたい。

一斉休校になってから、いきなり
「オンラインの仕組みがない」
「勉強が遅れる」
「9月入学がいいじゃないか」
などと慌てふためいているが、

戦争の時期などまともに勉強ができていたとは思えないけど、その時期の人は勉強ができず、知能が落ちていた、などという話を聞いたこともないし、
身近な例では、東日本大震災に被災したみなさんには、勉強できない期間もあっただろうけど、それはどのように措置されたのか、、、
あるいは、そもそも、登下校に時間がかかるところとそうでないところで、すでに勉強に対する環境に差があるのだけど、それはどうするのか。。。
いや、学校に行っていても本当に全員が勉強しているのか。。。。
民間の英語検定試験を使うと云々の時も違和感は感じていた。

ふと、思うのは、

みなさん、Beforeコロナの世界が好きなのだな。。。
それをなんとかしてAfterコロナでも実現したいのだ、

ということ。

もう少し正確にいうと、
Afterコロナの世界は「未知」でイメージできないから、
単純に、Beforeコロナでしかものを考えることができない
というだけかもしれない。

文部科学省は新しい学習指導要領から生まれてきている
「主体的・対話的な深い学び」
「個別最適な学び」
という言葉から、Afterコロナの目標を考えれば、

そもそも、「個別で主体的」なんだから
一斉、なんていう議論も
自分が学ぶべき学校も一つには決まらないはずだし、
ましてや、勉強は自分のペースでやるのだとすると、「遅れる」という相対化もないはずだし
ましては、4月でも9月でもという議論はナンセンスだ

ということになる。

それが可能となるために
「オンライン使う」
というのが、Afterコロナの世界なんだろう。