課題解決には腹が痛むという当たり前のこと

地方活性化は、地域課題の解決と捉えると分かりやすい。
「課題を解決する」
ということは、それなりのメリットを享受するのだから、
「無料」
であるはずがない。この当たり前のことが、実は大前提にならないというのが、不思議だ。
地域課題だけは、どうも「ボランティア」とか、「交付金」とか、「補助金」など、無償ということが、前提で議論されてしまう。

企業課題、行政課題、そして、コミュニティの課題。
本来、それらの課題が解決されるなら、そのメリットを享受する企業、行政、そしてコミュニティは、課題解決に対し、コストを負担しなければならないはずだ。

コストが負担されれば、それを実行する者にとって利益が生まれ、課題解決の持続性につながる。

「寂しいから活気を生み出したい」
これは確かに課題だが、補助金をもらってきて何らかのイベントをやって活性化するとすれば、それは、
「補助金が切れた」
という時を持って、終了することになる。
一方で、イベントが収益を生むものなら、それは、持続的に行われることになり、「課題解決の鍵」になる。

地方活性化のコンテンツは、「そもそも事業として成立するものなのか」ということを、再度考えてみる必要がある、と感じている。
そもそも、課題が解決されているのに、自らの腹が痛まない、という錬金術は存在しないのだ。