鞆の浦さくらホーム

先日、広島県福山市鞆の浦を訪れた。

神話の世界から続く、港湾の町。
坂本龍馬が紀州藩相手に裁判をした町。
長い歴史の地層が残っている。
そして、宮崎駿監督の「崖の上のポニョ」の舞台になった町。

アニメの中に現れる「ひまわりの家」というデイケアサービスセンターのモデルとも言われている、「鞆の浦さくらホーム」を訪れた。
代表の羽田さんから直接お話をお聞きすることができた。

羽田さんは、とても柔和にお話をされるが、このホームの運営方針がずしりと突き刺さるところはさすが。
だからこそ、多くの人がここを訪れ、また、ここで仕事をしたいと全国から人が集まってくるという。

「ホームの入り口は常に開けています。この町はみなさんお知り合い。お年寄りを見つけたら連絡してきてくれます」
「『今夜は自宅で世話をしたい』と連れて帰ったのに、『無理だ』と夜中に連れてやってくるケースも。。。利用の仕方もいろいろなケースがあります。」
「泊まりの方は少ないですね。自宅でお世話される方が多いです」
「問題行動と言うケースでも、しっかり人間らしい考えが生きている行動の場合も多い。そういう場合は我々は問題行動とは考えません」
「痴呆が進むと距離感がわからなくなるようです。遠近感がわかりやすくなるように、廊下が曲がっていたり、と遠近感がわかるような仕掛けがされています」
「広いホールはありません。その代わりいろいろなところに、例えば、椅子があるなど、手で掴むことができる仕掛けがあります。だからこそ、みなさん頑張って歩くことができるのです。」

この言葉から見えてくるのは、お年寄り、そして痴呆になっても、それまでと変わらない環境を提供していきたいという気持ち。
しかし、それが成立するのは、
コミュニティが存在しているから
ということがわかる。

類似の話を、夕張の医療について書かれた「破綻からの奇跡」で読んだ。
人間関係、コミュニティーがあるから、痴呆になってもみんなが気にかけてくれる。そして、病気になっても、皆が世話をしてくれる。
これは、「きずな貯金」のおかげ
というものだ

地方活性化には「一元化」ではなく「ネットワーク化」が大事

コミュニティが存在することの経済性
だからこそ、それを再構築するための投資のあり方
それが成立するための文化的背景などを
を改めて考える時代になっている、と感じる訪問になった。