インドと日本の交流から見た地域活性化成功の仮説

Wall Art Festival in 猪苗代も、折り返し。
徐々に、ワルリの人々が滞在していること、ワルリ画やワルリダンス、自然と現代技術の共生など、ワルリの人々の文化が「口コミ」で広がってきているように感じています。
地元の方々はもちろんですが、これまでWall Art Festivalに関わった人々が全国からかけつけてくださいます。
「人々の交差交流から何かが生まれるに違いない」、そのためには、人々に来ていただかなければなりません。持続性のあるArtの力は、こういうところでも大きな力を発揮します。

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ところで、交差交流の一番は、インドの人々のと猪苗代の人々の交差交流。
一週間の折り返しを迎えて、インドの人々に日本の印象を尋ねてみると
「インドとは違う国に来ている感じがしない」
とのこと。
訪日初日のwelcome partyで同じ発言を聞きましたが、インドで一緒に生活を共にした日本のメンバーの集まった場。理解ができました。しかし、現在は、初対面の猪苗代の人々がほとんど。

一方で、猪苗代の人々にインドの皆さんの印象をお聞きすると
「昔から、親戚や深い友人だったような気がする」
「来年、インド行く。餅つきしよう。。。」
なんていう話になります。

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どうして、ここまで違和感ない空気感が広がっているんだろう。。。と、ふと考えていました。

双方に短時間でもお付き合いさせていただいてきた私。どちらも、目配り、気配り、心配りのある人々です。
ワルリ族は、インドの他の地域に行くと、「外国に来たような気がする」というくらいですから、ちょっとインドの中でも、違う文化を持っているのかもしれません。
目配り、 気配り、心配り、が豊かなのです。

実は、インドと日本、似ているはずはありません。水稲文化は共通ですが。。。
でも、お互い、目配り、気配り、心配りができる人々だから、
「違うのは当たり前、だから、それを受け入れよう」
としているのではないでしょうか?

慣習も文化もほとんど違う。でも、
「目配り、気配り、心配りができて、お互いの文化の違いを認めようとする」
というところに、両者の共通項があるから、お互い居心地が良い、そんな仮説を立ててみました。

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移住定住の促進は、よそ者を増やすということ。違うもの同士が融合して一つになる、よりは、それぞれが違うものだ、ということを認め合うことの方が、早道のように思うのです。
そんなことを、インドと日本の交流は示してくれているのかもしれません。
あくまで、仮説をですが。。。