市町村合併から見るグローバリズム

ちょっとした旅に出た。
気が向いたところへ行くという感じ。
今回のターゲットは四国だった。

旧土佐山村(高知市に合併)、旧本川村(いよ町に合併)、そして宇和島、直島。
偶然にも、最初の二カ所で、地域活性化のリーダーだった方や、移住で宿の指定管理を受託しているご夫婦などの話をお聞きすることができた。

土佐山村。1000人の村だから成立していた民主主義。
電源立地で裕福だったという、本川村。
どちらも、市町村合併で大切なものを失ったと人々は
感じている。

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偶然にも、宮本常一の「忘れられた日本人」の「土佐寺川夜話」の舞台、寺川集落の入口を通過

単純に考えれば、市町村合併は、結局、効率化、生産性向上ということ。
チェーンストア理論や、グローバリズムと同じで、結局は、平均的幸福を安価に提供するという目的と考えればいい。
コンパクトシティなんていうのも、実は同じ流れにあると思って良い。

人口オーナス期に入った日本には、仕方のない選択でもあるだろう。
だから、こうしたプロセスが進んでいくことを批判したいとは思わない。
ただ、どうしたら、この過程で、多様性が失われるというデメリットを避けられるだろうか。

土佐山村で失われたもの
本川村で失われたもの
そう言えば似たような話を、宮城県の旧雄勝町でも聞いた。

大が小を吸収し、大の文化に統一するにではなく、大も小にかかわらず、良いところを客観的に選ぶ目が実は大事なんじゃないか。

江津市は桜江町と合併した。
「町の人々の声を聞く」
は、桜江町の文化だったとのこと。それが、しっかり、今の江津市に息づいている。

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「良いものは良い」
開かれた目が、何事にも大事だと気づく旅になった。