2019年を振り返って

Community Future Designを創業して4年がすぎ、
ゼビオグループで会津地域、福島地域に関わり始めて2020年になれば4年になります。

2019年はいろいろな意味で、「輪郭が見えてきたな」という感じがしています。
それは、ぼんやりと自分の中ではわかっていたことなのですが、
「ぼんやりから、焦点が定まり始めたな」
そんな感じの年末を迎えています。

西会津町、会津地域
福山市、備後地域
という、文化も環境も人口も全く違う地域との併走を通じて
地域づくりについての少しばかりの理論めいたものをイメージできる一年となりました。

昨年末に予想した通り、人づくりに大きくシフトした1年になりました。
教職課程を履修した私自身は、そもそも教えることに強い興味がありましたが、
教育に関わるいろいろなプロジェクトや意見交換の場への参加を通じて、
その世界についての課題とその解決策をイメージできる一年となりました。

オペレーションズ・リサーチ学会の秋期大会での基調講演や、
Japan Times SatoyamaコンソーシアムのSatoyamaカフェでのお話、
そして、アイデアソンやハッカソンなどへの参加の機会が増えたことを通じて、
「データの魅力と限界」
「複雑系を解く鍵としてのデザイン思考」
について考える機会が大幅に増えました。
それは、これまでの仕事を改めて振り返り、
どこが成功につながり、どこが失敗につながったのか、を、
一般化して考える
という知恵につながり、その実感を得ることができる一年となりました。

初夏にはAustraliaに行き、Uluruを眺めました。
(登頂しようという意気込みで行きましたが、結局、登れませんでしたし、登らなくてよかったと思っています)

続いて、中国の内モンゴル自治区に行き、シリンゴル大草原を疾走させていただきました。


秋には、奥出雲と出雲地域の素晴らしさを改めて感じる旅をいただきました。
2017年から続く、「感じる」と言うことの大切さは、
「般若心経」や「正法眼蔵」の世界と「数学」の世界をつなぎました。
岡潔の世界のちょっとした入り口くらいには首を突っ込めたのかもしれません。
つまりは、「多様性というのは、どういうことか」を再発見する一年となりました。

それは、
「地方の活性化」
が私の仕事の目的ではなく
「日本の多様性」
が私の仕事の目的だったはずだ
という初心に戻ることを意味します。

20代の最初はシステムエンジニア&アクチュアリーのような人、として仕事を始めましたが、
50歳を過ぎてからこんなにICTやAIの話に関わるとは思いもよりませんでした。
福山市での、Code for Japanの皆さんや大田記念病院の皆さんとの議論になんとかついていく、という一年になりました。
そこからわかったことと
NHKスペシャルの「AIでよみがえる美空ひばり」を見た体験が、
「ICTとAIというものに対する人間の付き合い方」
「自治体合併は失策だったということ」
について、自分の中で一つの答えに到達した一年となりました。

2020年はこうしたちょっと見えてきたものをしっかり形にしていかないといけないなと考えています。
吉岡徳仁が「みえないかたち」の最後に言っているような、
「最後のひとっ飛び」
になるようなものをちゃんと見つけて。

この一年間に、また、新しい出会い・ご縁をたくさんいただきました。
十勝平野、
富山市、金沢市、
大月市の「Ken-Ko-So」
吉野町、奈良市、
土佐山アカデミー、高知市、檮原町、土佐町

松山市、宇和島市、
日南市、宮崎市、新富町、椎原村、
竹田市の「ほしとたきの家」、
鹿屋市、
奥出雲町、出雲市、

大山町、鳥取市、八頭町、智頭町
西粟倉村、
奄美大島、加計呂麻島、

などなど、多くの土地にお伺いしました。
年代・性別などに制限されない多様な人々とのつながり。
それが、この一年の最大の宝物だと思います。

1年間大変お世話になりました。
2020年が皆様にとって素晴らしい年になりますようにお祈りいたします。