市民大学でお話してみました(最終回)

市民大学でお話ししてみました(第9回)

残ってくれた学生の皆さんを中心に
2日連続のクレソン鍋に、BBQという豪華な夕食を囲みながら、反省会。

「こういう話をもっと早く聞いていれば、数学は楽しかった」
と言ってくれた方が多く、お世辞もあるかもしれないが、正直嬉しかった。

お話しを頂いてから、約半年。

「何を話したら、数学が楽しいということがわかってもらえるのだろうか?」

と考えた日々にやっとゴールが訪れた。

そして、今日1日でわかったこと。

算数・数学を最初から嫌いだという人はさほどいない。
小学校の低学年の時は得意だったけど、高学年になる頃にはさっぱりわからなくなった。
小学校の時は得意だったけど、中学校になったらさっぱりわからなくなった。
中学校までは得意だったけど、高校に入ったら全くわからなくなった。
などなど、途中までは得意だった、というのだ。
この、途中で「わからなくなった」という経験をせず、数学の教師をしている人と、そうでない人。

前者に共通しているのは、「数学は暗記科目だと思っていた」ということ
後者に共通しているのは、「数学は覚えることがほとんどないから楽だ」ということ。

要するに、どうも、暗記科目だと思う人は、「暗記力の限界」が来ると、わからなくなる、ということらしい。

実は、今回は、マテーマタに敬意を表して
「当たり前のことを考える」
「解くこと」ではなく「把握して考える」
つまりは、
「考える」
ということを主軸に話をしてきた。

しかし、実は、数学では、「感じる」ということこそが、更に大切な要素のような気がしている。
第3回で話した、「6つ目の小道」では、感じることが題材として触れらているのだが、今回はこの点を一緒に考えることができなかった。

市民大学でお話してみました(第3回)

私は、時々、山を歩く。
静かに山を歩いているとき、何らかのアイデアがふと湧いてくることがある。
考えているのではない、静寂な空気の中から、何か、少し雲のようなものが見えてきて、それが明確な形になってくる。

こういうことを時々言っているので、時折、不思議な人と思われてきたのだが、全く同じ話が、デザイナーの吉岡徳仁氏の著書「みえないかたち」の最後に書かれていて、妙に納得したことがある。

だから、次は、「感じる」を皆さんで考える時間を持ってみたい。
手前勝手な話だが、お付き合いいただける方を、改めて募集してみたいと思っている

全10回、お付き合いいただきありがとうございました。

 


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