市民大学でお話ししてみました(第5回)

市民大学でお話ししてみました(第4回)

神さまをクリアし、残ったのは「解かない」、「解かなくてもいい」というキーワード。

「本当にそうなのか?」
というのは、私が物事を考えるときの基本的な思考の一つで、そこから何かが生まれることが少なくないのだが、今回も、
「数学とはそもそも何なのか?」
ということを一度調べてみることにした。

Mathmaticsの語源は、ギリシャ語のマテーマタ。
「学ぶべきこと」という意味だ。

政治は「感覚ではなく、しっかり数や量の概念を用いて、物事を把握し考える」ことが求められる。
マテーマタは、そのために必要な学問のこと

だという。

何とも高尚だし、一番の驚きは、これはEBPMそのものではないかということ。
EBPMは、紀元前から語られていた古くて新しい話だということを学ぶ。

実は、Mathematicsは、

「解くこと」ではなく「把握して考えること」

ととらえるべきだ、なるほどだ。

コンピュータもなく、測量術も限られていた時代。
把握して考える以前に、「解くこと」ももちろん重視されていたのかもしれないが、
今の時代、解くことはコンピュータの力に頼ることができ、考えることこそウェイトが高い。

にもかかわらず、時折聞こえて来る教育の現場の実情は
「解くこと」のための「解き方」
が教えられていて、どうも、
「考える」ための「思考法」
を教えることには不十分であるというものだった。

ケンブリッジにあるニュートンのリンゴの木
そういう教育に対する課題を感じている自分が、

「では、どうすれば考える場を提供できるのだろうか?」

その自然な流れを、この大学の場で一度実現してみよう。

「解き方を教えるのではなく、考えるための場を提供する」

これで、もう一つの課題だった
「解かなくていい数学」
についても方針が決まる。

結果として、
① 算数と数学は、ココが違う!
② 数学を学ぶことにハードルがあるのはなぜか?
③ 実社会に役立つ数学とは?
のそれぞれを、
① 解くのではなく考えることが重視されるのが数学の本質
② 神さまの世界に入るには修行が必要
③ 結果として、解くではなく考える時代に生きる我々に役立つのが数学
と読み替えることができることがわかった。

めでたしめでたし。

第6回に続く