人のこと(第1回)

今日から、数回、人材開発について書いてみようと思う。

次世代の企業人を育てよう、という旗印で、大手企業の人事担当役員から、人事に興味にあるデザイナーなど、が集まる会合に参加させていただいた。
なぜ、こんなに日本企業は面白くないのか、というのがなんとなくの題材なのだが、悔やんでいても仕方がない。
外資系企業には、もっと多様な人が働いているし、働き方がある、という。
グローバリズムの中で、日本の良さを生かしつつとも、こういう流れをしっかりと受け止めるべきだ、というのが、なんとなくの論調ということになるのだろう。

僕は以前から、組織というのは、「ウニ」のような構造がいいんじゃないかと思い続けている。
これまで、いくつかのプロジェクトを率いたことがあるが、うまくいったのは、いつもこの「ウニの構造」のチームだった場合だ。
球体と言ってもいい。
いろいろな方向の特徴のある人々が、集まって事を起こす。アイデアが複層化することもあれば、互いに補完する場合もある。
球体の体積が大きいほど、多様性が高く、面白いことが起こる、のも経験則。
でも、重心はしっかりと真ん中にあるので、組織全体としてはおかしな方向にはいかない。
当然に、何かリスクが発生した時には強い。解決する鍵がたくさんあるからだ。

一方で、球体をどんどん小さくすると豆粒になる。
どの人も似たようなもので、個性がない。コンプライアンスという名のもとに、「こうすればいいですよ」と教え込まれた人々の組織は、まさにこういう形になるんだろう。
でも、それ、コンプライアンスが叫ばれる前も、そうだった気がしないでもない。
「自分と感性が似ている人を集めたがる」
という日本的企業文化に、コンプライアンスが適用されて、ちょっと増幅したということなのだろう。

そもそも、外国人は良くしゃべる。文化が違うので、話をしないとお互いがよくわからないということだが、日本企業はこの対局。
「この、たくさんしゃべるコスト」

「均質化」
によって削減して、生産性を向上してきた。これが、高度成長を支えた。
その分、リスクに弱い。
昨今の、大企業の脆弱ぶりは、こんなところが原因ではないのか。

じゃ、翻って、どうすれば、ウニができるか。一つ目は、せっかくある多様性の目を摘まないこと。
「違うことを褒める文化」
を大切にすることだ。
そして、もう一つは、
「ちょっと違う人を探して来て、仲間にすること」
昨今のダイバーシティー、前者を忘れていませんか、とちょっと思ったりするのは気のせいか。