市民大学でお話ししてみました(第1回)

島根県江津市のGO▶︎つくる大学で、「数学」ではなく「数学」学の講座をやってみませんか、とお誘いを受けたのが、今年の春。

GO▶︎つくる大学

ちょうど、東京大学のホームカミングデーで、「数学を学んだ人々の生き方の多様性」について話してほしい、というお話しも受けていて、
これはなんとなくお互いに相補性があって面白いな、というのと
一応、教育課程の単位も取り「数学教員になろうか」と思った、古い「志(ココロザシ)」もあり、
お会いしたことはないのだが、森田真生さんの「数学する身体」とか、それに触発されて、岡潔の著作集やら志賀浩二の著作などを読み漁り、
いろいろ興味が湧いてきていたので、
ありがたく挑戦をしてみることにした。

そもそも、面白そうだ、というものは受けてみよう、という基本的な自分のスタンスもないわけではない。

とはいえ、この数か月は、この2つの「講演」と「講義」のおかげで、
常に「数学というものを考える」ということが、生活のベースにあるような日々だった。
なんとなく、「ケンブリッジに来ませんか?」というお誘いに乗ったのも、
「数学というもののが育った心地」
を感じてみたいという気持ちが作用していたように思う。

「数学は難しい、苦手だ」
という声の多い、学ぶ側の立場になってみたり、
一方で、学んだ側や教えるという立場で見ると
「なぜ、私は数学を学ぼうと思ったのか」
「私が数学を学んで何の役に立ったのか」
「なぜ、大学の数学科の教授の皆さんはとても幸わせそうに講義をするのか」
「そもそも、数学って何だろう」

考えれば考えるほど訳が分からなくなるのが世の常なのだが、
どちらも、その当日を迎える一週間くらい前に、何となく、神様が降りてきた。
数学というのは、数式やその概念の「感じ」がとても大事だと常々思っていたのだけれど、
「考えるまえに感じる」
リフレインしたのは、夏の月山での山伏修行でお世話になった星野先達の言葉だった。

今回は、
「人生のその時々の選択がなぜ行われたのか」ということについて話しをしよう
と決めた。
数学科への進学を選んだのはなぜか
郵政省に入省したのはなぜか
その時々の仕事の「決断」はどのように行われたのか
その時に数学や数学的思考は使わなかったか。。。
その決断の時に、どういう環境がその決断への直観を生み出したか。。。

感じる=直観

この辺りの
「話すべきことへの道筋」
が見えると、
「話すべきことを書きおろすこと」にはさほど時間を要しなかった。
半日ほどで、100枚ほどのスライドが流れるようにできて来る。

そして、なんとか東京大学での講演を終えた二週間後に、GO▶︎つくる大学の講義の当日がやってくる。

第2回に続く