じいちゃんと孫をつなぐ

ちょっと違う視点からお話を始めたい。

「面倒なものがあると、部下に振る」
サラリーマンの社会というのは基本的にそういうものだ、と思ってきた。
上司もそういう面倒なものをクリアしてきたのだろうし、
我々もそれをクリアすることが、
「勉強である」
と思ってきたように思う。

が、その文化は、現代の若者には通じない

どころか、
「若者が本来、今後の人生上に本当に必要なことを学ぶ時間を毀損している」
とも言えるのではないか、という新進気鋭の学者の方の論調に妙に納得した。

ところが、若者は変わったのだが、年寄りは変わらない。
となると、中間に入る年齢層が疲弊する。
ちょっと先頃まで言われていた「中間管理職の悲哀」などがまさに、それに相当する。

自分のことを改めて考えてみると、
ずっとそういう仕事をしてきた世代のような気がする。
同期などと会うと
「ずっと役所の係長のような仕事をしている」
と言って、早いもので10年みたいな状況だった。

高齢化が進む。だから、退職年齢がどんどん上昇する。
つまりは、上司はいつまでも辞めなくなったからだ。
そのうち、言葉は悪いが、老害と揶揄される人々も生まれてくる。
そういうV字の底みたいな世代が我々だとしたら、それを甘んじて受け入れないといけないのか。。。
で、自分はそういう構造が嫌になって辞めてしまったということになる。

今日は、別に愚痴を言いたいわけではない。本題はこれからだ。

じゃ、悲哀多き中間管理職を飛び越えて
じいちゃんから、孫を一足飛びに繋いだらどうか。。。

私が活動させていただいている福島県西会津町。
孫ターンが非常に多い。
孫ターンは、要するに、じいちゃんの故郷に孫が戻ってくるということだ。

子供には厳しいが、孫には優しい。
昔から言われてきた言葉だ。

自分の親を改めて見てみても、
チョコレートは歯に悪いと言って与えなかった両親が、
孫にはホイホイ買い与えていた
そんなものだ。
つまり「孫には寛容」なのである

子は戻らないのに、孫はそこに向かう。
その理由は、子の側ではなく、じいさん・ばあさんの「寛容さ」にあるのではないか。

宮崎駿の崖の上のポニョに、そういう場面が出てきた記憶がある。

人生100年時代には、組織における年齢構成自体を変えることも、
もしかすると、重要なのではないか。
おじいさんが孫とつながれば、
目の上のタンコブがなくなったオヂサンたちは
もっとやる気が出る